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タイトル : 十字路の果て

1 fool

2003/08/20 23:10

自分がラノベにはまる前に書いていた小説を久しぶりに読み直しました。うわー、なつかしー、と感慨に浸りつつちょこちょこと訂正してみたりする。
 実は一年くらい前に一度だけ自分の本を出す機会があったんですよ。某出版社の文学賞に応募した作品で、共同出版とやらで、初版の制作費を自分で払えば本を作って売り出しますって、その出版社から電話があったことがありました。結局断りましたけど、ちょっと嬉しかったなー、などと思いつつ、「そうだ!遊BBSに載せてみよう!」なんていう悪戯心がもやもやと・・・。たまには自分でもスレッドを立ててみようっと。
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2 fool

2003/08/20 23:12

 何本もの硬くて、冷たい杭を打ち込んだ。そうしながら、たくさんの自分を殺して生きてきた。なぜ?僕にもわからない。そしてまた打ち込む。
 ・・・・・・自分が自分でなくなるのを感じながら、何本もの杭を。
「辻 克巳です。・・・・・・よろしくお願いします」
 新しい学校での最初の一日は、当然のように簡単な自己紹介から始まった。
 それは、僕が中学一年の頃、季節はかすかに秋が見え始めた時期だった。まだ入学してから半年も経たない間に、僕は少しずつ慣れ始めていた学校を去り、ずっと田舎のこの町で暮らすことになった。父さんの仕事の都合なんかわかるはずもなかったが、逆らうこともなく僕はここに立っている。夏が過ぎてからもうしばらく経ち涼しい毎日が続いているが、それにも関わらず僕の喉は干上がっていた。唾を飲み込む。
前を向こうとするが、僕の心は知らない視線にさらされるのを拒み、顔は少しずつ下を向いてしまう。理由もなく、自分に向けられている視線がとても冷たいものに思えてしまう。心臓は飛び上がりそうなほど激しく打ち、呼吸が詰まりそうで、大きく喘ぐ。
何もかもが初めてなのだ。初めての転校。初めての町。初めての視線。母さんはきっとみんな友達になってくれると言ったけど、根拠はどこにあったのだろう?この視線に敵意が含まれていない証拠なんて何もなかった。
 チラリと覗くように見渡した教室には好奇心を溢れさせた視線が僕に向かい集まっていた。それを感じただけで僕の心臓はより激しく暴れ出し、汗が噴き出すのを感じる。誰にも気づかれないように浅く深呼吸し、再び教室を見渡す。
 大きな窓は開かれ、そこから入り込む秋特有の甘く爽やかな風が壁に張られた習字の半紙や交通安全のポスターを揺らしている。いい天気だ。室内に太陽光が満たされ、眠気を催させるのに充分な空間が演出されている。よりによってこんな日に、僕はいつまでこの苦行を続けなくてはいけないんだろう。
これから僕の担任となる初老の先生に目で合図する。僕がまだ何か喋ると思っていたのだろう。あまりにも短い挨拶に、彼は意外そうに僕を見ながら、咳払いをして生徒たちに語り始める。
「・・・・・・みんな、仲良くするように」
 学校の先生とは思えない無愛想な言葉に、みんなは、はい!と元気良く答えた。教師に背を叩かれ、うつむいていた僕は背筋を伸ばす。一番前の席に座っていた大柄な少年と目が合い、僕は固まってしまった。
「よろしくな。辻」
 いきなり呼び捨てにされたことに驚きながらも、僕は必死になって笑顔を作った。きっと、この少年なりの友好の表現なのだろう。まずは笑うことだ。そうすることで、仲間と認められていく。
「うん。よろしくね」
 わずかに声が擦れたのを感じた。
 気弱な自分が嫌になる。もう一度、唾を飲み込もうとするが口の中は渇ききっていた。多くの強い視線に飲み込まれ、意識がぼんやりとしてくる。
「辻の席は、あの端の窓側の席だ。」
 無愛想に、そしてもう一度背を叩いた。挨拶は終わったのだろう。僕は促されるように、ゆっくりと、警戒しながら席へと向かい歩き出した。
 目が合わないようにする。足を掛けられないように気をつける。目立ちすぎてはいけない。無難に、無難に、無事に席に辿り着けるようにと、心の中で何度も呟いた。
 椅子に腰を落ち着けても、周囲からの視線は消えることはない。僕は、ただ時間が早く経つことを祈っていた。
 今まで通っていた学校でも、僕は常に怯えていた。先生に、先輩に、同級生に、そして、後輩にも、僕は正面から向かい合うことが出来なかった。もっと明るく、とよく言われたけど、誰かに言われるまでもなく、そんな自分が誰よりも大嫌いだった。
転校すると聞いた時、驚きと共にわずかな喜びの微粒子も心の中には確かに存在していた。幼稚園や小学校の頃からの知り合いにバイバイと手を振ってやれば、僕はみんなの知らない町で変われるのかもしれない。一人で本を読んでいるだけでなく、友達と一緒に集まったりして、前を向いていられるのだろうか。言いたくても言えなかった言葉を思い出す。昔から友達を作るのは下手だった。同じクラスの奴らがうらやましくて仕方なかった。
 前の学校の同級生が僕に言ったものだ。
「君が何を考えてるのか全然わからないよ。君は別にそれでいいのかもしれないけど」
 中学に入学してから二ヶ月くらいの時だったろうか、クラスの中でもませた子だった。おせっかいを焼くのが好きなタイプで、帰り道を一人で歩いていた僕にそう言ったのだった。
「本音は言えやしないよ。でも、嘘は吐きたくない」
 夕焼けがきれいな帰り道。その輝くオレンジ色に心を揺さ振られていた僕は、そう口走っていた。ただのわがまま?そうかもしれない。
今までの自分を殺して、何もなかったかのように新しい自分を作り出せる!何もかも新しい自分!変化に対する不安と喜びはまだ中学生の僕の中で膨れ上がっていった。これが、僕に与えられた大きなチャンスに思えたのだ。
しかし、ここでも変われないのだろうか。そんな疑問が浮かんだ。いざとなるとこれだ。胃が締めつけられるように痛んだ。
「よろしくな」
 右に座っている小柄な男子が僕に声を掛ける。
「よろしくね」
 前に座っている少女が振り向いた。
 僕は固い笑顔を、みんなに返し続けていた。

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3 fool

2003/08/20 23:14

 僕はゆっくりと教科書を閉じ、鞄の中へ押し込んだ。
 ここへ来てから、もう三ヶ月が経とうしている。すでに冬が日本列島を支配している季節だった。僕は僕の場所を確保し、ここで暮らしていくコツを掴もうとしていた。時々、暴れようとする心臓を押さえつけ、僕はここの住人になるように常に努めていた。
「辻。帰ろうぜ」
 転校初日に出会った大柄の少年。藤堂豊はこの小さな社会のリーダー格といっていい存在だった。僕のことを気に入っているようだ。気がつけば一緒に帰ることが増え始め、今では彼が仕切っているグループと一緒にいる機会が多くなった。彼の隣。ここが安全な場所であることは僕にもわかる。未知の世界で身を守る術としてはベストなんじゃないだろうか。もう作り慣れた笑顔を返して僕は後を追う。
 新しく通い始めた塾も彼と同じだった。帰り道、辺りはすでに暗くなり、自転車のライトを点けて、僕たちは冷たい空気の中を急ぐ。
 この塾の帰りに、帰り道が同じになるは僕と豊を含めて四人だ。四つのライトは人の多い通りを曲がり、人気のない裏道へ入っていく。そこには僕たちの溜まり場になっている、時の流れから取り残されたような古ぼけた駄菓子屋があった。なぜかここはいつも遅くまで開いたままなので、塾が終わった後はいつもここに寄っている。大通りにあるコンビニよりも静かで、大人の目が届かないのがいいところだ。
 豊が一番で辿り着く。少し遅れて、僕たちが後を追いかける。豊は決して一番を譲ろうとはしない。誰かが口に出したわけではないが、みんなそのことを知っていた。だから誰も、彼を追い抜こうとはしなかった。そういうことを暗黙の了解と呼ぶのだと、僕はもう少し大人になってから知ることになる。そして暗黙の了解というのは、大人よりも、子供の方がより多く持っているのだということを、僕はもっと大人になるまで気づくことはなかった。
いつも通り、皺だらけのおばあさんが店番をしていた。僕らはこのおばあさんを、陰では山姥と呼んでいた。口が大きく、笑うととても気持ち悪い。食べられそうだ、と僕も思った。何本も抜けてしまっている歯を剥き出しにして笑う山姥。その歯の隙間から覗く暗闇を初めて見た時、僕は逃げ出すように駄菓子屋から走り出したのを覚えている。みんなに笑われたが、あの隙間から覗いたものは、本当に怖かった。
肉まんと、温かい缶コーヒーを買って、僕らは店の前でしばらく話し込む。親や担任の悪口が大半だが、今日はいきなり、僕に話が振られた。
「辻はさあ、なんでここに来たんだ?」
 他愛もない質問。ここへ来てから何度も繰り返された質問だ。しばらく経っても、いつまでもこういう質問をする奴がいるが、前にも言った、なんて突っぱねるは論外だ。根気良く繰り返さないといけない。新入りは謙虚に。
転校に関して親の事情を完全に把握しているわけではないが、今回の転校が仕方がないことだということはわかっていた。しかし、ここで必要なのはそんな言葉ではなかった。彼らが喜ぶ言葉が僕にはわかる。
「仕事の都合だってさ。親なんて、勝手なもんだよ」
 と僕は軽く肩をすくめる。
「ほんとだよな。勝手なもんだよ、大人なんて」
 一人がそうぼやいた。他のメンバーが同調するように肯く。僕はばれないように胸を撫で下ろした。些細な一言にも僕は神経を研ぎ澄ましていた。遅れてはいけない。彼らの趣味に、思想に、行動に。
除け者になることは、この社会での死を示していた。僕は生き続けている。苦しいこの世界で生きる術を知っていた。
 僕の返事に同調し、ぼやいたのは五十嵐尚吾だった。五十嵐は勉強の出来る、先生たちからは優等生扱いされている生徒だ。テレビゲームの最新作を揃えていたり、自分専用のパソコンを持っていたり、みんなに重宝がられている。なにより、テストの時ばれないように少しずつ答案用紙をずらす技術は一級品だった。僕が知っている限りではばれたことはない。彼の答案用紙を周囲の僕らで見る。そうすることで僕たちは無駄な勉強時間を節約していた。
「五十嵐、今週も頼むぜ」
 誰かがそう言った。週末には、数学のテストがあるのだ。数学は特に五十嵐の得意分野だ。度の強い眼鏡を掛け直しながら、まかせときな、と言った五十嵐の顔は、頼られているもの特有の自身に満ちた表情だ。誰も解けないTVゲームの攻略法を尋ねられた時の表情に似ていた。
「勉強の話なんか止めようぜ。つい今まで散々やったじゃん」
 その声に、全員が軽い笑い声を上げた。声の主は、メンバーの中でも一番背が低い青木祐樹だ。細い目で僕らの顔を順番に眺めながら、ニヤリと笑う。
「ほら、やるよ」
 ポケットに突っ込んでいた手から、四角い小さなチョコレートが飛んだ。全員が上手くキャッチする。
「また、盗ったの?」
僕の問いに帰ってきたのは、ヒヒヒッ、という気味の悪い笑い声だった。青木の癖だ。その笑い声を聞くと、僕はガラスを引掻いた時の音を聞いたように、背筋に寒気が走るのを押さえきれない。生理的な嫌悪感を呼び起こす声だ。
「今さら何言ってんだよ。お前も共犯じゃん。なあ?」
 そう言い、青木がチョコレートを口に運ぶ。それに習うように、僕もチョコレートの包み紙を破り、口に放り込んだ。共犯。その言葉を噛み締めるように、ゆっくりとチョコレートを味わう。
 これが初めてじゃない。最初に貰ったのは飴だった。それが盗んだものだと知りながら僕は食べた。きっとこのグループに入るための儀式だったのだ、と思う。
 僕がチョコレートを口にしたのを確認すると、青木の細い目はより細くなり、気味の悪い笑みを浮かべる。思わず口の中に残ったチョコレートを吐き出して、顔に飛ばしてやりたくなる。僕は口の中の甘いものを必死で飲み込んだ。様々な感情。苛立ち、嫌悪感、戦慄・・・・・・。それに伴う吐き気と頭痛と共に、甘ったるいものが僕の喉を通過する。チョコレートの味だと思ったがそれだけでもないらしい。口に広がった、チョコレートよりもずっと甘い腐臭を放つものに目をつぶり、青木へ笑顔を返す。それはきっと軽蔑とか憎しみと呼ばれるものだ。
「ありがとう。おいしかったよ」
 いきなり、激しい痛みで息が詰まった。心臓を中心に激しい傷みが襲い、僕は大きく目を見開き、口を開閉させた。まともに声が出ない。汗が吹き出るのを感じた。藤堂が不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。
「どうしたんだよ、急に?」
「何でもない。何でもないんだよ」
 そう言いながら、僕は目を閉じて痛みが去るのをじっと待ち続ける。
 この痛み。理由は明白だった。
 僕の胸にまた一つ、杭が打ち込まれた。硬く、冷たい杭が。
「そろそろ、帰ろうか」
 痛みに耐えかね、そんな言葉が出てしまった。豊の機嫌を損ねた気がして彼の顔を横目で探る。
「そうだな。もう帰るか」
 心の中で、大きく安堵の息を吐き出す。
 自転車に乗らずに、僕らはゆっくりと並んで歩き出した。
 しばらくすると、僕らはいつもの十字路に辿り着いた。街灯のわずかな光に照らし出された十字路は、深い暗闇の中に浮かび上がっている。駄菓子屋からはここを通るのが一番近道だ。いつもここで青木は左へ、僕たちは前へと別れる。
「じゃあな」
 青木の声に手を振り返す。青木の自転車が暗闇の中へと消えていき、二度、ベルの音が聞こえた。豊がベルを同じく二度、鳴り返す。音が世界に溶けていった後、僕らも自転車に乗り帰路を走る。
 大通りから外れた駄菓子屋からの帰り道は、とても暗い道が続く。街灯を設置しろと周囲の住民からの苦情が多いそうだ。ひったくりなんかも多いらしく、この道は通らないように両親や学校からも指示されている。当然、僕たちはこの道を好んで通った。
「青木さあ、なんか気持ち悪くねえ?特にあの笑いかたさあ」
 豊が呆れたようにそう言ったのは、青木と別れてから三十秒ほどしてからだった。
「そうそう、前から思ってたんだよ。あれ、何とかならないのかな」
 そう答えた五十嵐の顔には、少しのためらいもない。今まで一緒にいた仲間を売ることの罪悪感もなく、その舌は滑らかに動いていた。
 昔の学校でもそうだった。これはどこでも同じだ。どれだけ仲良くしている仲間たちでも、輪から外れれば嘲笑の種でしかなかった。それとも僕が見てきたものは「仲間」と呼べるものではなかったのだろうか。ふとそう思うことがあったが、それなら仲間とはどれほど希少な存在だろうか。仲間とは月よりも遠い存在でしかなくなってしまう。僕はそれを求めすぎていたのかものかもしれない。
「なあ辻、そう思うだろ?」
「・・・・・・だよね。ほんと、何とかして欲しいよ」
 僕は軽く頭を振りながら、肩をすくめて見せた。
 五十嵐。君も例外じゃない。輪から外れれば、ただの勉強しか出来ない奴に成り下がってしまう。そう伝えてやりたい衝動を押さえながら、僕は用意していた返事を返す。
「きっと僕らの仲間のつもりなんだよ。嫌にやるよね」
 僕なんかに言われなくても、五十嵐もそれくらいのことは知っているはずだ。重要なのは知っていることでも、知らないことでもなく、知らないふりが出来ること。
 笑いながら、僕は心に強く蓋をしていた。杭が心に刺さる痛みが彼らに聞こえないように。少しでも洩れないように。
「明日さ、俺んち来ない?新しいゲーム買ったんだ」
「青木はどうする?」
「呼んでやれば?可哀想だし。俺たちに相手されなくなったら、あいつ友達いないだろ」
「だよな。辻も来るよな?」
「うん。きっと行くよ」
新しい生活は何もかも順調に進んでいるはずだのに、何かやりきれないものを感じた僕は空を見上げた。真っ黒な空に薄く張りついた月は、どこか不気味なほど丸々と輝いている。
 気を紛らわすように、軽く力を込めて豊の背中を叩く。五十嵐が驚いたように身を縮めた。
 遊んでいた時に、最初は何気無く行った動作だった。豊の背中を叩いた瞬間、教室が一瞬で静かになったのを覚えている。例え背中であっても豊を叩くということは、ここでは自殺行為に等しかったらしい。その空気を肌で感じ取った僕は、怯えるように豊が振り向くのを待っていたが、豊はなんと僕に笑いかけたのだった。
「痛ってえなあ。何するんだよ」
 そう言いながら豊は笑っていたのだ。凍りついていたような教室は、続いて困惑に包まれることになった。こんな豊を見たことは誰もなかった。
 その事実に驚いた僕も、慣れるうちにその事実を有効に使うことにした。理由はわからないけど、僕に許された行為は僕の立場を固めるのに多いに役に立った。人前でそう振舞うことで、僕は豊の隣を自分の席に仕立て上げようとした。もしそれが事実ではなくても、そう思わせることで僕は生き抜こうとした。虎の威を借る狐、まさしくそのままに。五十嵐なんかは、いまだに僕が豊の背中を叩くたびに怯えているが、最近はもう慣れている奴らも増えた。それは僕の立場が固まり始めている証拠だった。
「痛ってえな。何するんだよ」
 いつも通りの答えを聞き、僕は安心する。クスクス笑う僕を見て、豊も笑いながら僕の背中を軽く叩いた。痛いよ、と抗議する僕に豊は、お前が最初に叩いたんだろ、と言いながら再び僕の背中を叩き、一気に加速しながら走り去っていく。豊は笑っていた。僕も笑いが止まらず、空まで届きそうな声で笑い続けながら力強くペダルを踏み込む。遠くで五十嵐の声が聞こえた。
 見上げた空には月が輝いている。
 ふと、もしかしたら今でも僕は月を手に入れたいと願っているのかもしれない。なんとなくそんなことを考え、僕は怖くなって月から目をそらした。
もう、ここまで来て悩むことはないはずだ。そう自分に言い聞かせながら、僕は笑い続けていた。

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4 fool

2003/08/20 23:19

 この家に欠かせないもの。冷蔵庫で冷えきったおかず、冷凍食品、カップラーメン。そう五十嵐は言い切った。
 五十嵐の住むマンションには今までにも来たことがあるが、おじさんとおばさんを見たことは一度もない。たまに暗くなるまで遊んだ時でさえ、二人は家に帰ってこなかった。
 いつも?と問う僕に、いつものことさ、と答える五十嵐。慣れているのだろうけど、こうして面と向かって問われると、やっぱり寂しそうだった。
 授業終了のチャイムの後、逃げ遅れた僕が一人、教室の掃除をすませてから五十嵐のマンションへ行くと、玄関は無用心にも開けたままになっていた。玄関に散らばった靴を見ると、豊と青木はもう来ているらしい。いつも通り両親はいない。適度に散らかったリビングを横切り、五十嵐の部屋へ向かう。脅かしてやろうと思い、僕は足音を立てないよう気をつけながらゆっくりと指先だけで歩く。静かな家の中をこうして歩いていると、泥棒にでもなったようだ。部屋からは笑い声が聞こえていた。ドアノブに手を掛けて、大きく息を吸い込む。
「わっっっ!」
 ドアを大きく開く。三人の体が痙攣を起こしたように動き、硬直する。いっせいに僕に視線を向けた。
「ごめん。遅れちゃった」
 そう言おうとした僕より先に、豊の大声が響いた。
「やべっ、隠せ!」
 五十嵐が慌てて何かをベッドの下へ放り込む。雑誌?そう見えた。予想外の慌てぶりに、僕はどうしていいのかわからずに立ち尽くす。
「はっ、早かったなあ」
 そう言ったのは五十嵐だった。集合時間を二十分ほど遅れた僕に掛けられた言葉とは思えなかった。
「ごめん、遅くなって」
 そう言ってやると、五十嵐は時計を見てやっと時間に気づいたようだった。ははは、気の抜けた笑いを浮かべて、額に浮かんだ汗を拭った。
「何?何見てたの?」
「いいよ。お前に関係ないよ」
 豊が強い口調で僕を遮った。焦っている。こんな豊は珍しい。
「さっき、ベッドの下に何か入れなかった?ねえ、見せてよ」
 食い下がる僕。ドアノブを手に掛けた時、部屋の中から聞こえた楽しそうな笑い声が僕の耳に残っていた。
「関係ないって言ってるだろ!」
 身が縮んだ。突然の怒鳴り声に僕は壁際で動けなくなってしまう。
「ご、ごめん」
 これ以上はやばい。そう悟った僕は早々に話を切り上げる。
「い、五十嵐、新しいゲーム買ったんだろ?見せてよ」
「お、おう」
 突然の豊の怒りに度肝を抜かれたのは僕だけでなく、我を忘れて茫然としていた五十嵐が僕の言葉に反応し、慌てるようにテレビゲームを起動させた。
「いいじゃん、辻にも見せてやればよう」
 ひひひっ、と笑ったのは青木だ。豊が睨むと、そっぽを向いて下手な口笛を吹いた。
 五十嵐が買ったゲームは、みんなで出来るテーブルゲームというやつだった。人生ゲームみたいなものだ。ゲームが始まっても青木はニヤニヤ笑っていて豊に睨まれていたが、豊も何も言おうとはせずにゲームをしていた。僕は隠されたものが何なのか気になって仕方がなかったけど、今それを追及するのはまずかった。
「そういえばさ、みんな飯食ったの?」
 その問いに僕らは、まだ、と異口同音に答える。
「ちょっと待ってろよ。ラーメンでも持ってくるから」
「俺、しょうゆ」
「味噌」
「なんでもいいや」
 立ち上がる五十嵐にそれぞれが声を掛ける。五十嵐が戻るまでゲームは中断された。本棚からマンガを抜き取り、五十嵐が戻ってくるまで時間を潰す。
 青木がゆっくりと僕の隣まで移動していた。
「・・・・・・さっき、隠したのなんだったの?」
 マンガを読んでいる豊に聞こえないように聞くと、青木はさっきからずっと続いているニヤニヤ笑いをずっと深くして、すごいスピードで僕のリュックに何かを放り込んだ。
「俺のだからさ、返すのはいつでもいいよ」
中身を確認しようとした僕を遮る。
「豊に見つかるだろ。帰ってからにしな」
 割り箸が乗せられたカップラーメンが四つ登場し、会話はそこで打ち切られることになってしまった。再開したゲームなどどこ吹く風といわんばかりに、僕の興味はリュックに放り込まれたものへと注がれていたが、豊の手前どうしようもなくゲームを続ける。なんで僕にだけ隠すんだろうか、と聞いてやりたくなる。みんなの前でリュックの中身を披露してやれば、みんなどんな顔をするだろう。そんな誘惑を振り切り、なんとなく興醒めしてしまった、集中することの出来ないゲームを黙々としているととても時間が長くて、何度も時計を振り返る。
「どしたんだ。時計ばっか見て。なんか用事でもあんの?」
 再三そう聞かれるありさまだった。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
 落ち着かない時間を過ごし、結局いつもより三十分以上早く立ち上がる。
「日曜も遊ぼうぜ。なんか予定ある?」
「ないよ。暇だよ」
 これ以上愛想悪くするわけにはいかない。
「学校の前に集合な。時間は後で連絡するよ。もっと大人数でさ。絶対おもしろいから来いよ」
何をするのか気になったが、僕は遊ぶ約束だけを交わし帰路を急いだ。リュックの中の何かわからないものに対する期待は、放っておけば際限なく増大しそうだった。そして慌てて帰宅した僕の期待は、一瞬で打ち砕かれることになる。
「・・・・・・何これ?」
 ベッドの下に放り込まれる瞬間に僕が見た通り、それは雑誌だった。表紙には僕より年上の、多分高校生くらいだと思われる女の人がセーラー服を着て笑っている。何も着ていない女の人が変なポーズを作ってカメラに向かって視線を送っている写真が何ページも続いていた。
「あいつらって、ほんとバカ」
 明日あいつらになんて言ってやろうか。そう言いながらも、ベッドに寝転がり何ページか飛ばし読みする。
目に黒い線を引いている自称二十六歳のOLと名乗る女性が、胸の谷間を強調するように前屈みの姿勢で笑いかけているページに、折り目がついていた。青木の奴、こんなのが好みなのだろうか。それとも豊か、五十嵐か。彼女の凹凸のはっきりした体は、当然ながら僕のクラスの女子とは全然違うものだ。
こんなところ母さんに見つかったらなんて言われるだろう。
 ノックする音。安っぽいコントのようなタイミングに飛び上がった僕は、急いでエロ本をベッドの下に投げ捨てた。これじゃ、豊たちと何も変わらない。
「克巳。いるの?」
「うん、いるよ」
 呼吸が落ち着くのを待ってから、部屋の鍵を開ける。
「もう帰ってたの?珍しく早いわね」
「ちょっとだるくて。風邪気味みたい」
 嘘の定番。それくらいしか思いつかなかった。
「あら、そういえば少し顔が赤いわね」
 母さんの手が僕の額に触れる。とても優しい母さんの、今までにも何度もこうして僕の額に触れた、柔らかいけれど少しかさついた手の平。
「熱は、別にないみたいね」
 母さんは安心したように微笑んだ。
「友達も出来たみたいだし、こっちに来てから克巳は本当に元気になったわね。少し疲れているのよ。今日はゆっくりしてなさい。塾の先生には私から電話しておくから」
 そう言い部屋から遠ざかっていく母さん。本当に友達が増えたのだろうか。部屋に鍵を掛け、ベッドの下からエロ本を取り出しながら僕は自問した。増えたはずだ。僕は変わったんだから。
 エロ本をもう一度開き、僕はベッドの上で一人そわそわしていた。母さんがまた来るかもしれないという不安だけでなく、どうも落ち着かない。
原因はわかっていた。股間だ。さっきから股間に感じている違和感は、母さんが部屋に来るよりもずっと早くから感じていた。耐えがたいようなその感覚は、正直、決して不快というわけでもなかったが、僕はやましさを覚え、どうしようもないほどの戸惑いが溢れそうになる。ずっと奥でそれは消える気配もなく、僕は耐えきれずにズボンに手を伸ばす。
そのやましさを、僕はずっと意識していた。
母さんを警戒するようにドアを睨み、誰もいない部屋の中に無意味に視線を泳がす。
 ぞくぞくするような好奇心と、理由もなく湧き上がる嫌悪感に押されるように、僕は股間を覗いた。

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5 fool

2003/08/20 23:23

 日曜日、豊に呼ばれて集まったクラスメートは十四人もいた。何も聞かされずに集まった僕たちは、彼が発表した提案にどう答えようか迷ったまま校舎の前で立ち尽くしていた。
 かくれんぼ。それが豊の提案。さすがに、僕たちもう中学生だよ、と言いたくなる。相手が豊じゃなかったらきっと言っていただろう。誰もがそんな顔をしている。これじゃ口に出さなくても同じかもしれない。豊はそんな冷たい反応にめげる様子もない。彼の案にはまだ続きがあった。
 隠れる範囲は、この街中ならOK。ただし建物の中まで行くと見つからないので建物の中はなし。鬼は相手に触れば捕まえたことになる。捕まった奴は運動場に集まること。範囲が広いから、捕まった奴の復活はなし。それがルールだ。まさかそんな広範囲でするとは思ってもいなかった僕は言葉を失ったまま、豊の顔を注視していた。せめて校舎の中とか、それぐらいでいいじゃないか。自分が鬼になった時のことを考える。広い町の中で十三人を見つけ終わるまで、歩き疲れながら町を徘徊する。多いと思っていた人数が急に少なく思えた。考えただけでも恐ろしい。
そんな僕の考えが届いたのか豊が振り向いた。
「辻は嫌か?」
 嫌だ。
「おもしろそうだね」
 後悔しながらも、どうしようもない無力感を感じた。みんなの顔にも、半ば諦めたような雰囲気が感じられるのは僕の偏見だろうか。
「じゃあ、時間は六時までな。鬼、決めようぜ」
 校舎に取り付けられた大きな時計は三時四十分を指している。あと二時間二十分。
「ちょっと待って。町の中ってさ、具体的にどこまでにする。決めておいたほうがいいんじゃないかな?」
 五十嵐が精一杯の時間稼ぎを始めた。内心で拍手する。
「そうだな・・・・・・」
 しかし五十嵐の善戦もむなしく、豊が腕を組んで唸っていたのはわずかな間でしかなく、西は橋まで、東は交番まで、という風に、ある程度の範囲を定めていく。
「これくらいでいいだろ。なあ?」
 ペースを狂わされた豊は、感情を露骨に声に出して五十嵐に言い放った。五十嵐はうつむいたまま、うん、とだけ言った。
 鬼を決めるため、まず二人一組になってじゃんけんをする。負けた奴は負けた奴同士で、最後の一人になるまでじゃんけんをする。
 誰とじゃんけんしようか。そう辺りを見渡していると、五十嵐が近寄ってきた。
「なんか、大変なことになったな」
「・・・・・・うん」
 二人でじゃんけんをする。結果は一瞬で決まってしまう。僕はグー。五十嵐はチョキ。胸を撫で下ろす僕とは対照的に、五十嵐は大きく肩を落とした。
「あー、なんか嫌な予感する。なんか鬼になりそうだな。俺の予感、当たるんだよ。嫌な時だけ」
 誰だってそんなものだろう。嫌な予感がする時は、つまり自信を失った時だ。成功はどんどんすごいスピードで、止まらずに通り過ぎていく列車のように離れていく。五十嵐の負けかな、と僕は思いながら、
「大丈夫。きっと勝てるよ」
 と言い残して、勝ち組の中へと歩いていった。勝ち組と負け組に半々で分かれると、僕は勝ち誇った気分で負け組みのじゃんけんを見守る。そんなとても無意味な優越感を感じているのは僕だけでなく、僕を含めた七人が同じような顔をしていた。安全な位置から眺めるその光景は、テレビゲームのような無感動な楽しさを僕たちに与えてくれる。
「まじかよぉ!」
 そう叫んだのは、僕の予想に反して青木だった。その瞬間、僕たちは走り去った。百まで数えろ、と豊が叫んだのが聞こえた。
 さて、あれだけバカにしていたかくれんぼだったが、いざ始まってみると、この遊びに夢中になっていた時のことを思い出す。急かされるような緊迫感。いつ鬼が目の前の曲がり角からその姿を現すのかと、どきどきしながらいつも待っていた。一人で隠れている僕を、誰が見つけ出す時をずっと待っていた。早く見つけて欲しかった。
 小一の頃なんかは、普段おとなしい僕も大好きだったかくれんぼが始まるとよくはしゃいでいた。誰も隠れようとしないような所に隠れるのが大好きで、見つかった時には泥だらけになっていた時もあった。
 とにかく、まだ僕たちが経験したことのない大掛かりなかくれんぼが開始された。
 ここに来てまだ三ヶ月の僕には、町の中という条件は不利だ。どこへ行けばいいのか悩んでいるうちに足は勝手に動き、歩きなれた道を小走りで駆けていく。塾の前を通り、いつもの駄菓子屋を通り過ぎて、いつもの十字路を悩むこともなく直進する。隠れるのに良さそうな、安心できる物陰は見つからない。
 気がつけば 僕が住んでいる団地の前に立っていた。この町は広いように見えて、思ったより小さいのかもしれない。
開始早々、僕は途方に暮れた。もしかしたら、青木も近くにいるかもしれない。せめてどこかに、少しでも身を隠しておこうと、僕は少し焦りながら辺りを見渡す。
建物の陰から一人の女の子が僕を見ているのに気づく。かくれんぼの参加者だ。同じクラスなのかもしれないが、正直、まだ全員の顔と名前が一致していない。目が合うと、必死に手招きしていた。ここに突っ立っているわけにもいかず、小走りで近づく。
「あんなとこにいると危ないよ。さっき青木君が通ったばかりだから、戻ってくるかもしれない」
 僕より早くここに来ているということは、青木は百を数え終わった後、真っ先にここまで来たに違いない。もう少し早く着いていれば、いきなり見つかるところだった。
「そうなの?しばらく隠れてたほうがいいかな?」
 僕の意見に、彼女は大きく賛成した。
「そのほうがいいよ。そこの植木の裏だと、辺りから見えないから。一緒にしばらく隠れようよ」
 どうしようか。多分、団地周辺から徹底的に調べるつもりかもしれない。この辺りをうろうろしながら、僕らを捕まえようと血眼になっている青木の姿を想像して、僕は決断した。
「そうだね、しばらく隠れようか」
 団地の壁沿いに並べられた植木の陰で、僕らはコンクリートの地面に座り込んだ。お気に入りのジーンズが少し汚れたが、そんなことはいちいち気にしない。
「えっと、同じクラスだっけ?」
 失礼な質問をいきなりぶつける。失礼なのは承知の上でもはっきりさせておかないと、話しにくくて仕方がない。
「ううん、違うよ。学年は一緒だけど」
 そう言われ、僕は下を向く。
「ごめん。まだみんなの顔覚えてなくて」
 彼女は気にした風でもなく、なかなか魅力的な笑顔で僕を許してくれた。
「いいよ。まだ三ヶ月だもんね。私は浅川留美。仲良くしてね」
 近くにいるかもしれない青木に聞こえないように、ひそひそと喋り続ける。結構さばさばした感じの子だ。
「藤堂君たちと仲良いんでしょ?怖くないの?」
 彼女は僕にかなり興味を持っているらしく、大きく見開いた、好奇心を押さえきれない目が輝いている。転校生とゆっくり話すことが出来る機会を手にいれ、とてもうれしそうだ。
「そんなことないよ」
「そうなんだ。仲良さそうだもんね。・・・・・・えっと、克巳ちゃんって呼んでいい?」
「えっ、う、うん。別に、いいけど」
 あまりそんな風に呼ばれたことがないので、少し照れくさかった。
「良かった。私のことは、どうしようかな、好きに呼んでくれていいよ。」
「ありがとう。じゃあ、留美ちゃんって呼んでいいかな」
「うん、いいよ」
 笑顔を交わす。そこで、わずかな沈黙が流れた。
「でもね、みんな怖いって言ってるよ」
「豊が?」
 その時の留美ちゃんの顔には、はっきりと怯えが見てとれた。
「豊、か。すごいよね、克巳ちゃんは。ここに来てまだ三ヶ月なのに」
「確かにがさつだけど・・・・・・」
「あっ、私がこんなこと言ってたなんて誰にもいわないでね」
 その言葉はあまりにもショックだった。そう言った留美ちゃんの目には、僕に対して、さっきまで豊に対して持っていたのと同じ怯えがあったからだ。
「言うわけないよ。そんなこと、絶対しない」
 自分でもわかるくらい、力を込めてそう言った。
「・・・・・・良かった」
ここに来て、必死で居場所を作ろうとしていて、気づいていなかった。確かに豊にはそういう一面もあるのだ。これ以上、あまり近づきすぎないほうがいいのだろうか。今の居場所に固執すれば、逆に周囲から孤立しかねない危険性を僕は感じた。
「もっとね、みんな仲良く出来ればいいんだけど。グループ内での仲間意識強いから、みんな」
 みんな仲良く。なぜかそれがとても新鮮な響きを持っていって、僕はその言葉に聞き入ってしまった。今、自分が考えていたことがとても汚らわしく思え、恥ずかしさのあまり留美ちゃんの顔をみることさえ出来ない。
「ほんとだよね」
 とてもいい子なんだな。そう思い、僕は心から彼女を尊敬する。
 そして、彼女がまだ何か喋ろうとしていた時だった。かすかに聞こえた声に、僕たちはは耳をすました。
「今の、青木君?」
 緊張が走る。声が一段と小さくなっていた。
「うん、きっとそうだよ」
 僕は、植木の隙間から覗くように辺りを調べた。誰もいない。団地の裏にでもいるのだろうか。
「そんなに遠くじゃなかったよね。どうしようか」
「裏側かもしれない。こっち側に来る前に逃げたほうがいいかも」
 植木の裏は、この団地の正面では数少ない絶好の隠れ場所だ。それだけ、この近くまで来られると見つかる可能性は高い。
「ここは危ないよ。別れて逃げよう。二人で動いているといざという時に隠れにくいし」
「そうだね。じゃあそこの入り口で二手にわかれようか」
 僕たちは警戒しながら、団地の入り口へと向かう。もう一度、青木の声がした。間違いない。やはり青木はちょうど裏側からこっちへ向かってきている。
「また後でね」
 どちらともなくそう言った。見つからずにいれば、またどこかで出くわすだろう。
「また今度、一緒に遊ぼうね」
 そう言ってくれた留美ちゃんに、僕は心から答える。
「うん。きっとだよ」
 そして僕たちは別れた。団地から離れるために急いで走る。
 頭の中では、留美ちゃんの言葉が繰り返されていた。みんな仲良く。
 誰かに近づくことが出来ず、一人でいることを維持し続けていた昔の僕。こうして、豊の隣にいる今の僕。本当に変わったのだろうか。変わったはずだ。今まで言えたその言葉は、留美ちゃんの一言で確信を失ってしまった。
 今も昔も、きっとまた打ち込まれる杭に怯え、心を身構えている。本当に変わったのか。
大きく頭を振る。留美ちゃんの顔を、頭の中から振り払おうとした。何を考えているのだろう。昔とは違う。明るくなったと言われたじゃないか。友達だって出来たんだ。
 僕は、変わったんだ。
「豊!」
 見つけた。豊は僕に呼び止められると、驚いた後、すぐに僕に笑みを返してくれた。
「驚かせるなよ。見つかったかと思ったじゃねえか」
「ねえ、いい隠れ場所知らないかな。一緒に行こうよ」
「ああ、いいぜ。今から隠れようと思ってたんだ。行こうぜ」
 思い切り走ったせいで、かなり息が上がっていた。三回ほど深呼吸して、豊と並んで歩き始める。
「どこへ行くつもりなの?」
「絶対、見つからない場所」
 詳しいことは教えてくれそうにない。僕もそれ以上は追及しないことにした。豊は僕よりも大きな歩幅で遠慮なく歩いていく。後を追いかけるのに精一杯で、呼吸は乱れ、話しかける余裕はもうなかった。足の回転も、僕なんかよりずっと速いのだ。
 いつもの十字路に着き、突然豊は方向を変えた。左へ曲がる。
「ちょっ、ちょっと!ほんとに、どこへ、いくの?」
 途切れそうになる言葉でなんとか尋ねる。こんな道は僕は知らない。僕が慌てている間にも、風景はどんどん変わっていく。
「いいから、黙ってろって」
 あっという間に商店街を通り抜け、どんどん人通りも少なくなってくる。そして豊は、町の外れの山に登りだした。
 この町を囲うように長く続いているこの山は、山というよりは、少し高めの丘という感じだ。この町の交通は山の一部を削って道路を敷くことで機能している。昔、実際に大雨で土砂崩れが起きて道路が埋まったことがあったらしく、山沿いの道路周辺は念入りに土砂崩れの予防がされている。
 豊はすごい勢いで登っていく。半ばほど登り、坂が急になってもその勢いはまったく衰えそうにない。待ってと声を掛ける僕に返ってくる答えは、時間がない、だった。なんのことだろうか。そう思いながらも、手ごろな位置に生えている木や枝に掴まりながら登るのに必死な僕は考えることに集中出来ない。
 陽が沈むのが早い。少し暗くなり始めたかと思っていたのに、辺りはもう加速的に夕闇に染まっていた。
「ほら、ここまで来いよ」
 登り終わった豊が僕に手を差し出す。なんとかその手を握った僕は、残った力で一気に駆け上がった。
 視界が広がる。
「う、わあ・・・・・・」
 小さな崖から見渡した町は、僕の想像以上に大きな町だった。
「ほら、あそこがいつも俺たちがいる駄菓子屋だぜ」
 豊が得意げに説明する。この景色を見せたかったのだろう。豊が指差したその先にはいつもの駄菓子屋と、あの十字路もあった。僕にとって、ついさっきまでは一本道でしかなかった十字路は、もっと広く大きな可能性を秘めているかのように町の中へと伸びている。それは僕の知らない道であり、僕の知らなかった町だった。
 そしてその町を背に、数十分前までは空を染めていた夕焼けは、闇に追いやられかすかな光を僕に投げかけていた。冬の空気に冷やされ、凍えるほど凍てついた夕焼けの残光は僕を抱きしめ、心に刺さった冷たいものをゆっくりと溶かしていく。
 ああ、と声にならない呟きが口から洩れた。
「気に入ったか?ここ、俺のお気に入りの場所なんだぜ」
「うん、すごいよ。気に入った。ありがとう」
 早口でそう答えた。体中冷えてしまっているのに、僕の頬は熱いほどだった。
 変われる?
「お前だけなんだぜ、この場所教えたの」
 豊の呟きに僕は振り返る。豊は僕を見ようとはせず、目を逸らしたまま、唐突にその一言を口にした。

「お、俺、お前のこと、好きだ」

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6 fool

2003/08/20 23:24

 どこをどう走ったのだろう。山を一気に駆け下りて、呼び止める豊の声を遠くに聞きながら、近くに置き捨てられていた自転車を必死で漕いだ。
 あいつは、何て言ったんだ?頭の中で繰り返されようとする言葉を打ち消すように、自転車を漕ぐ足に力を込める。後は振り返らない。振り向くのが怖かった。スピードを落とさずに知らない道を曲がる。
「あれ、青木・・・・・・?」
 そこは大通りに面したコンビニの前だった。そこに青木がいた。五十嵐も、留美ちゃんも、そしてみんなも。
 まともに呼吸が出来ずに、ぜいぜい喉を鳴らしながら、自転車から降りてみんなに近づく。
「どうしたの?」
 声に出来たのはそれだけだった。
「お前こそどこいってたんだよ。豊の奴見なかっただろうな」
 青木の声には、明らかに相手に対する侮蔑と憎しみが込められていた。僕が青木に向けていたものと同じものだ。
「みんな、捕まったの?」
 そう言うと、みんなが一斉に笑う。
「あんなくだらないこと。真面目にやってられるかよ」
 五十嵐の声。
「一人でやってればいいのにね」
 留美ちゃんの声。
 みんなの笑い声。
 結局、そういうことなんだ。僕は、歯を食いしばる。まだ心の中に残っている夕焼けの残光が、胸を熱くする。
「おい、何してんだよ!」
 笑いが止まった。
「辻。ここにいたのか。全員で集まってどうしたんだよ」
 家に戻ったのだろう。自分の自転車に乗った豊は、どんどん僕たちに近づいてくる。
「何やってんだよこんな所で、なあ、答えろよ」
 僕には目を向けようとせず、意識的に張り上げた声に、全員が怯えていた。
 心の中で、すごいスピードで何かが流れている。怒り?似ているけど、違う。
 もう、たくさんだ。
 見上げた空には、今日も、薄く張り付いた月が・・・・・・。
「かくれんぼなんて、やってられないってさ」
 豊の眼光が、数倍鋭くなる。
「どういうことだよ」
 青木が寒空の下で汗びっしょりになりながら口を回転させる。
「ち、違うって。豊がいつまでも見つからなくてさ。どうしてるのか心配になって、みんなで探してたんだよ。豊こそ、今まで何してたんだ?」
 その問いに、豊が黙る番だった。一瞬、僕の顔を覗き見る。
「それは・・・・・・その」
「教えてあげようか?豊はね、大好きなあの子に告白してたんだよね」
 豊が固まった。笑ってしまう。急にかくれんぼなんか始めた豊の考えが僕には読めた。最初からあれが目的だったのだ。一人で誘う勇気もなくかくれんぼを利用した。僕から一緒に隠れるよう言わなくても、どうせ僕を誘うそのつもりだったのだ。情けない。初めて豊のことをそう思った。
もう僕は止まれそうになかった。全部吐き出す。
笑い方気持ち悪いとか、
怖いとか、
がり勉とか、
止まらない。僕が口を開くたびに、一人ずつ顔が引きつり、恨めしそうに他の奴らを見渡す。とても愉快だ。
「ねえ、豊」
 豊が、怯えたような目で僕を見ている。その姿が僕に笑いを誘った。もう何も怯える必要はなかった。
「まさか、あんなこと言われるなんて思ってもいなかったよ。どこへ連れて行かれるのかと思ったら・・・・・・」
「う、うるさい!」
 視界が弾けた。僕の細い腕とは比べ物にならないたくましい腕で殴られ、僕の体は軽く吹っ飛び、近くの電柱に頭をぶつける。すごい形相の豊を全員が押さえているのが見える。笑いが止まらなかった。
 空に薄く張り付いた月が、羨ましかった。

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7 fool

2003/08/20 23:25

「・・・・・・ただいま」
 ドアを開け、そう呟くと母さんが飛び出すように出迎えてくれた。
「どうしたの、こんな遅くまで」
 そして玄関の電気を点けた瞬間、母さんには珍しく大声を張り上げた。
「その顔!克巳、どうしたの?何があったの!」
「ぶつけただけだよ」
 母さんの横を通り抜け、自分の部屋へと向かった僕に、父さんを呼ぶ母さんの声が聞こえる。
 ベッドに寝転がり、頬に触れるとするどい痛みが走り、顔をしかめる。
 明日からの自分の立場を考える。僕の予想が当たれば、彼らは自分たちの社会が壊れるのを防ごうとするはずだった。聞きたくないものは聞こえなかったふりをしておけばいい。そして共通の敵を持つことで、ひび割れた結束を維持しようとするだろう。
 共通の敵、つまり僕だ。
 今までのように、状況に合わせて敵を作るのではなく、裏切り者の僕を敵にすることで、あの小さな社会は生き残るのだろう。明日からが少し憂鬱ではあったけど、それでも、今日のことは悪い気分じゃなかった。
 両親の会話は、薄い壁を通してここまで届く。
「最近、元気になって良かったと思っていたのに、あんな目に合わされているなんて」
「待ちなさい。早とちりするんじゃないよ。克巳の言う通りぶつけただけかもしれないじゃないか」
「あの顔を見ていないからそんなことが言えるんですよ!」
 いつも冷静な母さんの慌てようを笑いながら、目を閉じる。少し眠たいが、頬はずきずきと痛みを増していた。眠れそうにない。
「いくら元気なほうがいいとは言ってもねえ・・・・・・」
 足元に放り捨てられていた制服を蹴り飛ばす。
 それは、僕が唯一持っているスカートだ。小さい頃から、どうもこれが好きになれなかった。
「やっぱり女の子なんだから、もう少しおしとやかに・・・・・・」
 怯えた豊の顔を思い出す。
 愉快で堪らない。

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8 みて太

2003/08/21 23:14

ここへ書いてしまっていいのだろうか・・・

foolさん、これ面白い!
・・・豊に告白された時に「ふーん、こういう展開かあ」と一度、やられたと思ったのですが、
ラストで・・・もう一度やられました。
これ、十代で書かれたということですか?? 呆れるばかりのオッチャンでした。 

前作の時は感心しましたが「えっ、終わり? もっと読みたい!」と物足りなかったような印象。

次が楽しみです、fool’s story・・・(んっ、ばかっぱな?)

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